イタリアの老舗航空機メーカー
SIAIマルケッティは歴史ある航空機メーカーである。ミラノの北、セスト・キャレンデの地に「Societa Idrovloanti Alta Italia(SIAI)」として創業したのが第一次世界大戦勃発後の1915年。言うまでもなく国策に基づいた航空機産業の育成を目的とした企業であり、新時代の兵器開発の一翼を担うという極めて重要な役割を課せられていたことは想像に難くない。
SIAIに大きな転機が訪れたのは創業から7年後の1922年のこと。当時のイタリアにおける航空機設計の第一人者であり主として先進的な水上機の設計を得意としていたアレッサンドロ・マルケッティが経営に参画。社名もサヴォイア・マルケッティと改められることとなった。ここから同社はイタリア空軍向けの各種軍用機や民間向けの機体を送り出して行くこととなる。その中ではSM79スパルヴィエロとネーミングされていた特徴的な形態の三発爆撃機が知られている。

波乱万丈の戦後経営
第二次世界大戦勃発後は自社開発機に加えて他社の機体の量産やメインテナンスを担当しつつ、1943年9月8日のイタリア降伏後はドイツ側の支配の許に社名をSIAIマルケッティと再び改めることとなった。第二次世界大戦終結後のSIAIマルケッティは相変わらず航空機産業と共にあったものの敗戦に伴う混乱の中でその経営はなかなか軌道に乗らなかった。戦後の新体制の中で数年を経てもその経営は好転せず、1951年には遂に倒産を余儀なくされる。会社は旧社名のまま1953年に再建されるのだが、その時点における航空機メーカーとしての知名度となると、往年の影も無かったというのが正直なところである。
そんなSIAIマルケッティに大きな転機が訪れたのは1965年頃のことである。事はとある軽飛行機のライセンス契約問題に端を発していた。アヴィア・ミラノ社の革新的な軽飛行機であったはずのF.250が、初飛行を終えていながら諸般の事情によりその量産計画が頓挫してしまっていたのである。F.250は世界的にもその名を知られていた優秀な軽飛行機の設計者であるステリオ・フラティの作。このままお蔵入りにするには余りにももったいないということで、経営環境の打破を目論んでいたSIAIマルケッティは、F.250の製造権を取得。新たにエンジンをパワーアップするなど細部をリファインした上で、SF.260としてハイグレードな自家用軽飛行機及び航空会社などでパイロット教育に使用する初等練習機市場に送り込む戦略を構築することとなったのである。
名機SF260の誕生
SF.260は1960年代半ばの設計による300hp以下のエンジンを搭載したレシプロ単発練習機としては、あらゆる意味で群を抜いていた先進性が特徴だった。機体構造はオーソドックスな全金属製低翼単葉モノコック。ただし主翼は最大厚部でも弦長比13%という薄型翼形の層流翼となっていたことに加えて、その薄い主翼には小型機ながら電動引き込み脚を装備していた。これらはいずれも最初から高速性能の向上に対する特別の意図を持っていたことの現れだった。なおF.250時代のエンジンはライカミングO-540の250hp仕様だったが、SF.260に進化する時点で260hpのO-540-E4A5へと換装された。

全長、全幅、全高の各寸法はそれぞれ7.10m/8.35m/2.41m。翼面積に至っては10.10a´uに過ぎず。わずか720kgの自重と合わせて、ライカミングO-540エンジンを搭載する機体としては後年のエクストラ300やおなじみのピッツ・スペシャルといった特殊なアクロ機を除くと最小クラスでもあった。それでも並列二座席とその後部にもう一つ座席をセットしているのは設計の妙というべきか。キャノピーは大型のスライド部と前方のウインドシールドの2ピース構造となっており、視界の良さという点ではいわゆる自家用軽飛行機のスタンダードは一線を画していた。
空の韋駄天
外見から受ける全体の印象としてはイタリア空軍用の初等練習機として先に量産に入っていた同じイタリアのピアッジョP.149Dなどに近いものがあったが、実際のところSF.260はP.149Dと比較して一回り以上も小さく、流麗な胴体と後退角が与えられた尾翼、さらには小く薄い主翼があいまって、あたかも空のスーパースポーツカーというべきオーラを発していたが特徴でもあった。なお、初期型における実測での最高速度は海面高度において184ノット(約340km/h)。高度5000フィートでの最大巡航速度(出力75%)も162ノット(約300km/h)と同年代の軍用レシプロ初等練習機の代表モデルでもあったビーチクラフトT-34メンターを上回っていた。
ちなみに公式スペック上のスピードはかなりの余裕を見た数字であり、1969年5月に実施された国際周回速度記録への挑戦では、ファインチューニングを施した機体を使って100km周回コースで369.43km/h、1000km周回コースでは322.52km/hという、それぞれC-1bクラスの新記録を樹立している。特に1000kmコースでの記録は公式スペック上の最高速度に近接しており、SF.260は776ノーティカルマイル(約1435km)とされていた最大航続距離のほとんどを全速力で飛行することができるだけのパフォーマンスが与えられていたということである。さらにその上で総重量1200kgの状態で+4.4G〜−2.2G、1100kgの軽荷重状態では+6G〜−3Gという荷重強度が保証されていたことで、相当高度なアクロバット飛行が可能な機体だったことは特筆すべきセールスポイントでもあった。
SF.260は1966年4月1日にFAAの滞空証明を取得し、1967年からはアメリカでの販売が開始されることとなった。この時点での法人販売契約はサベナ・ベルギー航空のパイロット訓練用機を初め数社と締結されていただけだったものの、新たな販路が開拓されたことで、このカテゴリーにおける勢力は大幅な拡大が期待できるようになったことは間違いない。なおアメリカではSIAIマルケッティの知名度の低さが懸念されたこともあり、当初は「Waco TS-250-3 Meteor」の名で販売されている。

各国の空軍練習機とし活躍
さて、SF.260の次なるターゲットは軍用練習機マーケットだった。速度と運動性に優れ、しかもアクロが可能な機体強度レベルを兼ね備えていたこの機体は、ある意味初等練習機としては高性能に過ぎる感があった。しかしそれはとりもなおさず戦闘機パイロットとしての基礎的な勘を養うには最適であったと同時に、サイド・バイ・サイドのシートレイアウトは大型機の訓練にもマッチしていたことを意味していた。尾翼取り付け部や主脚などの構造を見直すことで機体各部の強度を上げ、装備を軍用機型に改めたモデルであるSF.260Mは1970年10月に初飛行を行い、ただちにベルギー、ザイール、シンガポール、フィリピン、タイ、ザンビアの各空軍からの発注を受けることとなる。
これらSF.260Mは概ね練習機としては十分過ぎる性能と共に各国空軍から好評を以て迎えられた。そしてしばらく経った後に次なるオーダーとして出されたのが「軽攻撃機に流用できないものか?」という要求だった。高性能がゆえのこの欲張りなオーダーに対して、SIAIマルケッティ側は素早くレスポンスした。SF.260Mをベースに主翼を強化し両翼にそれぞれ二カ所づつハードポイントをセット、7.62mm機銃パックやロケット弾ポッドを合計300kg吊り下げる事を可能としたSF.260Wを完成させた。新たに「ウォーリア」とネーミングされたこの機体の初飛行は1972年5月のことである。
軍用機として進化を遂げる
従来からの練習機をメインとした多用途任務に加えて、低空侵攻能力や前線での威力偵察任務さえも可能となったことで、軍用向けのSF.260はこのウォーリアに集約されることとなった。なお民間向けのSF.260も1974年10月にFAA認可を取得した新型のSF.260BからSF.260Mに準じた機体強化仕様となった。
この後、SF.260はC、D、E/Fと進化を重ね、その間エンジンをレシプロからアリソン250-B17C(350hp)に換装したターボプロップ仕様であるSF.260TPも開発された。こちらは機体サイズはもちろん自重に至るまでほとんど変化が無かったこともあり、最高速度はイッキに228ノット(約422km/h)/1万フィートへと大幅に向上。同時に、実用上昇限度も2万フィート余りから2万8000フィートへと余裕の高々度飛行が可能なレベルにまで達することとなった。レシプロの現行最新モデルであるSF.260E/FがFAA認可を取得したのは1994年8月、同じくSF.260TPは1993年10月のことである。
ジェット機に近い操縦感覚
SF.260TPは、その登場と同時に高翼面荷重ターボプロップ機ならではのジェット戦闘機に近い操縦感覚を高く評価され、戦闘機パイロット育成のための初等練習機として注目を集めることとなった。類似の機体としては、ピラタスPC-7/9やエンブラエルEMB-312ツカノ、バルメットL-90TPレディゴ、さらには日本の富士T-3/5などが挙げられるものの、これら近い性格の機体との比較においても小型かつ高翼面荷重という点については、極めて突出した存在となっている。
なおSF.260より翼面積の小さな機体としてはアエロスパシアルTB31オメガがあるが、オメガの操縦席はタンデム配置であるのに対して、SF.260TPは操縦席配置が大型機の訓練にも流用可能なサイド・バイ・サイドである。すなわち真のライバルは同じくサイド・バイ・サイドのレディゴと事実上の海上自衛隊専用機であるT-5のみであり、意外にも業界内に競合機種は多くない。
レシプロとターボプロップ、いずれも多用途性を備えた練習機を求める小国の空軍にとって最適なキャラクターであると同時に、民間スポーツ機としても既に多くの実績を積み重ねているSF.260は、今後もさまざまな場面で活躍して行くことだろう。
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